受験は個人競技なるも

ある男子から「先生 受験は個人競技ですかそれとも団体競技ですか。」と質問されたのですかさず「どっちも」と答えました。もちろん周りのことなどどうでもよく自分の学力(テスト力)をわき目もふらずに確固たるものに仕上げていくことが勉強の本筋だとは思います。が,学問を修め世の中の役に立つ人間になってもらいたい と願う教育の一端を担う者とすれば 塾生の皆さんには塾ででも学校ででも磨きあうことによって伸びていって欲しいと考えます。(単なる受験技術の習得ではなく)

 

positive   spirit  を常に持っていること

helping   each  other           互いに助け合い仲間にも自分にもちゃんと 

respect         敬意をはらうこと  そのことによって

support         学び舎全体の気が生徒ひとりひとりをサポートするこ

とにつながっていく

こういうことが自然に(ふつうに)なってくるように念じいつも授業に入ります。

幸いにも 「こんにちわ おねがいします」 「ありがとうございました

さようなら」と挨拶することを素直に受け入れてくれる生徒さんで助かって

おります。こういうことは学力とは決して無関係ではないことです。今の世の中

心の公害が深刻で〈賢さ〉って何だろうと時折思わせられます。昔読んだ『国家

の品格』という本があります。その中に[惻隠の情]という言葉があったな,とよ

みがえってきました。何気ない生徒の問いかけにはいろいろ考えさせられることが

多いですね。

 

2018.10.17.(水)

 

男三人寄れば・・・

岩沼に住む友人(でもあり二人の娘さんを小中高と週末の個人指導に通わせてくださったお父さん)がわたしたちの昔の友達(上山市在住)と会いに行こうと誘ってくれました。はじめは夕方に山形に行き駅前で三人で軽く食事をしてそのまま帰って来ようという予定だったのですが,「せっかくみんなで会うのだから上山の旅館を予約してあげるからゆっくりしていけ。」となり,おかげでその夜は当初の予定よりもじっくり会食できました。自分の記憶に残っている話題でもそれを友の方から話してもらうとなつかしさもひとしおです。

若い頃の私たち三人が山形県に住んでいたころは“ツービート”が全盛の頃で,ある日のこと、奥羽本線赤湯駅で停車中の普通列車の座席で私が居眠りをしていたら車内の女子高生たちのキャーという歓声とともにの車体が急にガクンと揺れたのです。「なんだ! 事故か地震か」と思って様子を見るとなんと反対側のホームに停車中の特急にツービートの二人が乗っていたのです。それを目ざとく発見した彼女たちが車両の片側に殺到したのでした。キャーキャー手を振って二人になんとか気づいてもらったようでやがて特急列車が発車したあとで,「あーあ〔山形のイモねーちゃんたちに声かけられてしまったよ〕なーんてあとで漫才のネタにされるんだろうな。」などと言いながらしばらくはそれだけで和やかな雰囲気なったのどかな時代でしたね。

山形市にはほんとに行きやすくなって(いつか市内をじっくりと)などと思いながら上山へ着くとさっそく旅館の温泉に入りました,ではなく入ろうとしただけでした。旅館のホームページの‘温めのお湯’とは大違いの 足を入れただけでムムムとなる熱さでしたから。そのあと友人のなじみの居酒屋で会食した後で夜の温泉街をそぞろ歩きをしてみたらところどころに❛足湯❜があるのです。歩道のすぐわきにしつらえてあるのですが,(こんな夜にねえ しかも街灯の光もあまり当たらないし)などど思っていると入っている人がいました。県外から来られた男性で「気持ちいいもんですねえ。」と。 さらに別の足湯では部活動の帰りとおぼしき高校生が楽しそうに語らいながらパシャパシャと楽しんでいる 相当暗いのにやはり地域の治安がいいのですね。聞くところによるとボランティアの方々が足湯の場の清掃を良くしてくださっているそうで,こういう安心できる話が気持ちを引き付けてくれてまた行きたくなるのだと思います。

その夜は旅の疲れですぐに寝入ってしまいました。翌日は清々しい朝で 旅館で適温にしてくれた温泉に入り友人と名残を惜しんで仙台への帰路につきました。仙台が近づくにつれ昨夜の三人の昔の話・仕事の話に花が咲いたのはとても有意義だったし気持ちが解放されたのですが,それぞれの奥さんの話をしたこともよみがえってきたのです。

(奥さんたちみなさん強いよな,まじめで強い!petticoat governmentかもね。)などとひとり思いながら きのう上山の友人は「めったに三人で飲むことがないから会の名前をつけよう」と提案してきたので初めは「君は緒形拳にクリソツだから〈緒形の会〉でいいんじゃない。」と一応は答えたのですが今度連絡を取った時には「いっそのこと『恐妻組合』にしてはどうかね。」と話してみるつもりです。

2018.10.11.

なんとなく

今年もノーベル賞の発表・受賞の時期となりました。各部門の優れた功労者に与えられる賞なのはわかるのですがあまりに専門的すぎるものはピンとこない,けれどもそれをきっかけに新聞 TVなどで概略を説明してもらえるのはありがたいです。(小柴さんのニュートリノの話は面白かったなあ。)賞獲得までの本人の苦労や思いとそれを支えるスタッフと家族の支えの話は必ず聞くところですが,私の友人はことあるごとに,「国費をふんだんに使っての研究なら誰でもできる。」と業績や人類にどれほど貢献したか よりも中心となる人にのみ注目されることを気にしていました。そういうときは私も中学時代に先生から「湯川博士のノーベル賞受賞に関しては 講師だったか助手だったかの人の業績が大きかったんだよ・・・」と ひとりだけにスポットライトがあたるのを嫌うような話でしたね。(ふーんそういうものかねえ。)でもなされたことはやはり素晴らしいことですよね。「一将功成りて万骨枯る」は多少おおげさかな。

こういう大きく報道されることだけではなくて“注目される”ということで言えば現代人ほど(若者たち)注目されたがっている人たちはいないのではないか,と思えます。【表層化の時代】と言われて久しく自分の中身を磨くよりもまず〔人の目〕。(私自身のことを棚に上げなければこんなことは言えません。)自分の存在はとても大切なものなのだという自己重要感とも言える気持ちは誰でも持っているのですがそれを実感できる場面をだれかが保証してくれるわけではない。機械を媒介にした人とのつながりは煩わしさが少ないと同時にいつも不安が払えないかもしれません。  学習館大越ではトップの人やこれからのし上がっていく人さまざまですが,どの生徒さんも節度を持って互いを尊重してふつうに楽しく勉強しています。そして授業が終了して家路につくその後姿を私どもが見送るとき,「ああ,みんな温かい家庭に帰っていくんだなあ」とほっとすることしばしばです。 衣食住がみたされていても注目される気持ちよさよりも人にはさらに(ぬくもり)が大切なんだとあらためて思います。

次回へ

2018 10 06

こういう季節になると

どなたにもあることだと思うのですが,虫の声に聞き入り静かな時をすごような季節

になると昔お世話になった人を思い出しお会いしたい気持ちなることがよくあります

みなさんもおありだと思います。

私が小学生のとき ある日母が「今日ね おにいちゃんが来るよ。」と突然言い出し

たのです。私は初めは何のことかわからなかったのですが 父が会津若松で警察職員

をしていたころの同僚の息子さんが東北大学に入学するので身元保証人になって頂い

たお礼のあいさつのために来られるようだったのです。実際に会ってみると年が離れ

ていることと私の人見知りの性格から黙って観察するだけだったと思います。下宿は

我が家から歩いて十分ほどだったものの遊ぶような学生さんではなかったのでごくた

まにお茶を飲みに来てくれる程度の交流でした。

その〈たまに〉が続くうちに少しづつ私は ‘おにいちゃん’ になじんでいったので

す。

 

 

いま書きながらさまざまよみがえってきます,

ハイキング(松島での蕨取り)に連れて行ってもらったこと,  デパートのレストラン

でごちそうしてくれたこと,下宿を訪ねて行っても本棚は専門書ばかりでマンガがな

くてつまらなかったこと, ある日私に週刊誌を開いて見せてくれたのが もうすぐ

ウルトラマンが終わって新たなヒーローの〈ウルトラセブン〉が始まるという記事

等々  真面目な人でしたがお堅い人ではなく私の前で‘シェー’をやって見せたり映

画,歌謡曲も好きな方でした。

お話も勉強そのもののことではなくいろいろな分野を小学生にもわかるようにやさし

く解説してくれました。

 

私が中学生になるとおにいちゃんも研究が忙しくなってお会いできる機会も少なく

なってますます遊びに来てもらうのが待ち遠しくなりました。当時私の中学校はクラ

スの二割くらいの生徒が英語塾に通っていたと思います。私は塾や家庭教師の指導を

受けたことがないので周りで塾の宿題のことを話しているのを聞くととても楽しそう

に聞こえるので心の中で「塾っていいな よさそうだな」とうらやましい気持ちを

ずっと持ち続けたものです。ですから そのせいか超たまに来てくれる “おにい

ちゃん”に勉強も含めた疑問をいろいろ出したことがありました。

当時はやっていたTVドラマの『タイムトンネル』。そこに出てくる科学者が過去と

未来をさまよってなかなか現在に戻ってくるのが難しいという設定だったので私は何

の気なしに「ねえタイムトンネルってできるの?」と訊いたことがあります。

中一の私の唐突な質問に「んー」と考え込みながら最先端の科学理論を出してその

テーマに近づく話をしてくれたのです。

「今の科学技術では難しい」から始まって,どんなに科学が進歩してもものの位置と動きを同時には正確にはとらえられないことがあるという【不確定性原理】や時間の進み方や重さ長さは観察する人の動きで変わってくる゠【相対性理論】と【原子核物理学】などをことあるごとに話してくれました。中学生には日常の生活からはかけ離れたことなので (ふーん) と訳の分からないことながら〔感覚的〕にこの宇宙には不思議なことがあるのだなあと感銘を受けたことだけは覚えています。今はすぐに調べたりテレビ番組の特集で知ることができますが,この時代はそんな便利さはなかったので ‘おにいちゃん’ が深い世界の一端を垣間見せてくださったと今でも感謝しています。その後博士課程を終えられ関西方面に就職された後で両親から「おにいちゃんはね工学部首席で出たんだよ。」と教えられその重みに感動。

つねに 「勉強だけできてもだめだ人間のバランスが大切なんだ」 と言っていた

のが思い返されます。会いたいなあ。

 

2018.09.27.

“神授業”

矢野健太郎(数学者)さんのエッセイまじりの数学の本を

三十年ほど前に読んだことをふと思い出しました。

数学のことよりもお話の部分です。

アメリカのある大学での二人の教授のちょっとしたお話━

その大学のバリバリの若手教授とかなりお年を召された老教授の

両方の講義を受けている学生たちの様子のことだったと思います。

話は単純なことで,若い先生の講義は歯切れもよくわかりやすく丁寧に

教えてくれる。学生たちは講義時間の中で十分理解ができその先生に

高評価を出している。

一方、かの老教授の講義といえば聞き耳を立てなければよく聞こえないほど

声が小さくボソボソでそれこそサンドの「何言ってんのかさっぱりわからない」状態だったのでしょう。学生たちの評判はあまりよくないのは推察されます。

ところが です,

テストをすれば老教授の科目はほとんどの学生が高得点だったのに対し

若い先生の科目のテストはあまり振るわない結果となるケースが

ほとんどだったそうです。問題の難しさにそれほどの差はないのに・・。

その理由は 老先生の講義が終わるや否や学生たちは一斉に

図書館に駆けていくのだそうです。

なにしろわからないことだらけですから

先生の専門書を読んでまとめて講義中の?を一生懸命解消するため

必死だったのでしょう。

かたや若い先生の科目の勉強は講義の分かりやすさに安心して

食らいつくほどの勉強はしなかったようですね。〈名講義とは〉という話になりましょうか。

 

「本当に身に付ける」という点では,

中学生の勉強にも似たようなことがあります。

特に理科については以前は中学校ごとに第一分野(物理・化学)と

第二分野(生物・地学)の進み方がまちまちで多少困ることがありました。

そこで未習の生徒には考え方や基本の計算法などを教えて

あとは自分で解くように促しましたところ、

授業内テストではすでに学習している生徒と比べても遜色のない結果を

出すことがあります。「そこ学校で習いました。」という生徒さんは

教師がわかりやすく説明してくれてそれをノートに写し取ったことで

〈学習した〉となりがちです。しかし,これから習う生徒は

「とりあえず今勉強してみて」と言われたらそれこそ必死で調べて

考えなければテストに対応できませんから当然がんばりますものね。

(あとで学校の授業があるとしても)

 

さきほどの大学の先生ではありませんが

〔自律する学習〕に目覚めてもらうのはうれしいものですね。

私は塾生たちの前で説明をよく噛んでしまうことがあるので

それで皆さんは良く調べてやってくるのかな

「だから俺の授業は“カミ授業”なのだ。」などと言ったら

一気に教室の空気が ‘どよ~ん’となってしまうので控えます。

 

 

 

 

2018.09.18.

 

南光台東中学校 東雲(しののめ)祭

思えば,今までこんなに〈文化祭 発表会〉などのイベントを短期間に複数回見に行ったことなどなかったと思える程の今年の夏でした。

南光台東中学校の吹奏楽の生徒さんが小学校五年生の時から中学三年生の現在まで熱心に通っています。楽器に限らず何事にも熱心に取り組むたちで【自分の勉強・ 学校の仕事・ 部活動】 を同時にこなしている毎日の生活ですから 私が「自主勉に来て質問をいっぱい出してね」などとせかしても (なかなか忙しくて)という本人の事情は本日の発表(演奏)を見て聴いたら十分納得できました。〈精いっぱい演奏して精いっぱいお客さんたちを楽しませよう〉というエネルギーがプログラム全体から伝わってきましたので毎日の練習もスケジュールも相当ハードなものだったのだろうと改めて感じ入った次第です。大人も子供も気持ちよく味わえるような演奏でした。来てよかった,授業の時にお礼を言おう。

 

ステージ発表以外でも 〔展示〕 はレベルが高かったですね。

習字『希望の光』

修学旅行レポート

単色で描いた自分のイメージの絵 ・・・。

さらに1学年の平清水焼の作品は見事なものばかりでした。

「売れるんじゃないの」と思わず言葉を発してしまったほど良くでき上っていましたね。

ツヤ 形 手に取りたくなるような質感。

それらを愛でながらよみがえってくることあり・・・

 

自分が二十歳のころ(今から25年前〔←ウソつくな!〕)平清水で抹茶茶碗を焼いて重厚な作で気に入った!と自分に言い聞かせ使わずにしまい込んでかなりの月日が流れました。ある日、家内がそれを見つけて

「何この茶こぼし 重いし 変な形・・使えるの?」

「んーそれは抹茶の茶碗だって!見たらわかっぺよ!」・・・必死に抵抗するも恥ずかしさが増すばかり(要するに才能ないのね)。ミジメー。

休憩ホールでお茶を頂いて 午後からは定期テスト対策講座があるので名残惜しかったのですが東中を後にしました。

生徒 先生たち さらに保護者の方々が一丸となって作り上げる文化祭は後味がよいものですね。

 

 

2018.09.12.

 

卒業生がわざわざ・・・

ある日電話が鳴ったので女の先生が受話器を取り,それを私は(この時間帯は宣伝勧誘の電話が多いからな。),と思いながらそばで聞いていると急に彼女は歓声を上げたのです。今年の卒業生(紅一点)からでした。

「先生たちに7月の三桜高校の合唱の発表会に来ていただいた」ということででわざわざお礼に来てくれるという連絡だったのです。

うれしいやら恐縮やらの気持ちがまじりあって待っているとすぐに車で送られてやって来ました。上がってもらおうと勧めたのですが車を待たせてあるからということで玄関でのお話となりました。

中部地方まで合宿に行ってそこで買ってきたお土産まで頂きました。短い会話でしたが高校生活全部を楽しんでいるようで表情がとても落ち着いていました。

合唱の強豪校の座に甘えない日々の練習の大変さは容易に想像できますが,高校も部活動も中学生の段階ではっきりと決定し仲間とともに熱心に勉強していた姿を今も思い出されます。塾に通う目的をしっかり持った生徒さんですね。

「私は高校に行って合唱がやりたい,三桜高校で。」冬が近づくにつれて自主勉強の気迫が徐々にすさまじさを増してきたのを覚えています。

ずっと前のことですが,ニュースキャスターの筑紫哲也さんが番組の中で,ある一人の大学合格者の学生さんの言葉を紹介していたのを思い出しました。

「〈結果は努力に比例する〉のではなく〈努力は結果に比例する〉のだ。」「自分の学力に応じた学校を選ぶのではなく,自分が入りたい学校のレベルに合わせて絶対の合格を勝ち取るべく努力するのだ。」 との思いから出た言葉なのでしょう。

どの塾生もはじめの過度の緊張感はいつの間にかほぐれ,節度を保ちながら伸び伸びとここ学習館大越を活用してくれるようになるのはとてもありがたくうれしいものですね。塾生の皆さん質問カードをどんどん出してくださいね。

2018.09.07

 

 

 『定期テスト対策講座』を実施しています  

中1~中3対象 Ⅰ学期期末テスト対策【一対一の個人講座です】5科目

 

期間   2018.8月29日 から 9月24日

時間 : 期間中の御希望の時間帯をなるべく設定します。お問い合わせください。

受講時間数の選び方 :〔一回2時間  一回3時間  一回4時間 〕 ×回数分

科目は自由に選べますが1科目1時間以上が目安です。

受講料 : 1時間2,200円(対策期間中料金)   初回の方はおためし無料講座も

※毎回質問の多い科目は数学ですが、順位は総合点で評価されます。難しい応用問題

をわかりやすく説明することはもちろんですが、覚えればすぐ点数につながる分野も

あることを念頭に置いて受講して下さい。

学習館大越では講座の時間の前後に教室での自主勉強を勧めています。そのとき普

段の勉強で分からないところがあったらすぐ質問できます。

つねにふだんの授業につながり役立つように講座を勧めております。

 

 

2018.08.29.

 

男子演奏会Classic~色祭(しきさい)~ 常盤木学園

そろそろ夏休みが終わりに近づき定期試験 実力テストがすぐやってきます。短期間

で応用力を付けたい方はぜひ当 〈学習館大越〉に任せてください。

 

7月のある日 門の方でガチャガチャ音がするので「おっ 今日も早めの自主勉強だ

な。」と、思っていたら今年の卒業生(常盤木音楽科)がチケットを持ってやって来ま

した。

「男子だけの演奏会をやるので是非来てください。僕は今回は1回の伴奏だけなので

すが・・。」   「なんだ伴奏だけかーい。面白そうだから行くけど次から

は君のピアノリサイタルに限ってチケット買うからね。」と余計なことを言ってしば

らく歓談しました。❛音楽いやだいやだ❜ を言っている自分が 最近ホールなどで聴

く機会が増えたなとも感じます。

 

この催しを主催した 〈男子演奏会Special〉 というグループの団長のお話によると、

【人間の才能のひとつに ある刺激に対して反応するはずの五感以外にもう一つの五感が反応することがあり、音楽の世界では音を聴いて色が見える方がいます。この演奏会はそれを疑似体験してみたいという私の思いから生み出されたものです。皆様にもこの新しい音楽体験を耳で、眼で、体で実感していただけたらと思います。】

このような内容でした。すごい人もいるもんですね。

プログラムは一部と二部に分かれて全12曲

〔 チェロ独奏 トランペット独奏 テノール独唱 弦楽三重奏 ホルン独奏

クラリネット独奏 ピアノ独奏 サクソフォン独奏 管楽三重奏  〕

[バッハ、 ヘンデル、 シュトラウス、 ドメニコ・ガロ、 ボザ、 シューマン

ドビッシー、 カッチーニ、 アストルピアソラ]

もちろんほとんど知らない曲ばかりでしたが、滑らかな演奏と音の伸び明瞭な響きは

とても落ち着いて聴くことができました。男の力強さを前面には出さず 緩急を巧み

にし優しく律儀ささえ感じさせる皆さんの演奏でした。書で言う「楷書」をこの人た

ちは掘り下げてそして将来に向けて高めていくんだろうな、と思いました。

2018年8月22日

 

 

なんで姿勢を良くしなければいけないの

 

ある中三男子に以前、「姿勢を正そうね。」と言ったところ、「何でですか。」と

問い返されたことがあります。長い時間楽に勉強するのに都合がいいからですが、話

を聞いてみると彼の頭の中ではいつの間にか【大人が僕たち子供にいろいろ言うこと

をきかせやすくするためにそのように強いるのだ。】という考えが出来上がってきて

いたようなのです。本当は大人を感心させ率直に意見を述べることができるの

に・・・。気構えが良くなってくるのですから。

学業成績も上位だから構わないでおこう、勉強だけに集中させればいいさなどと

思ったわけではなかったのですが、体が歪めば心もそれに影響されやすくなる

(大きな病気をされてハンディキャップを負ってしまった方は別 精神力が違う)

と説明しても 「どこも悪くないし痛くもないです。フツーです。」と言うばかり。

難問を説明し理解させるよりも大変かも。 「棒のように真っ直ぐにするのでは

ないんだよ。柔らかいままでまっすぐにしてみる。」少し気持ちよくなったのか あ

くびをして表情が和らぎました。静かにしていても行動を起こしやすいのが〔楽な正

しい姿勢〕なのです。❛気をつけ❜の姿勢も同様。

昔の生活の中では日常のところどころで気づかされ注意を受けたりする機会、場面が

多くありました。今 子供が大人と同じような病気に罹るのが珍しくなくなってきた

一つの背景には 〈損か得か かっこいいかどうか テストの点になるかどうか〉

等々あまりにも浅い面だけに目を向けがちの生活形態になったことがあると思われま

す。❛頭の良さ❜の意味合いが違ってきています。人を思いやれない頭の良い人達が増

えているのは悲しいです。

頭脳は心とからだの支えあっての活躍が必要ですよね。世のため人のために頭を役

立てるのなら当然です。塾生にはときおり話すことがあります。自分にはわからない

興味のないことが自分に大きくかかわっていることがあるのです、と。

 

心の硬さを “イイ話を聞いて取る”、のではなくて普段の生活の正しい動作をするこ

とによってほぐれるように試みる。立ち居振舞いとはよく言ったものですね。

こういうことも大切だと思います。

そういえば講習会の初めのころは 、不安のためか見るからに緊張していた生徒が

(かなりの量の宿題をやってきたり質問カードを出すことに慣れてきたようだな) と

思っていたら姿勢の方もこわばりが取れ堂々と座れるようになっていました。

2018.08.09.